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医療法人 誠志会 砥部病院

砥部病院
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平成24年

2012/06/01
H24 No.5

 患者さんとの人間的関わり合いを大切にすることで、患者さんが不思議に落ち着いてくるということを私たちは体験してきました。そして、その患者さんの尊厳を保つため、その人らしさを大切にするために、その方に前向きに生きていただくために、その方のこれまで歩んで来られた人生を振り返ってあげることが非常に重要であることも私たちは知っています。

 これは月刊「致知」の2005年12月号に載った話です。

 

 その先生が五年生の担任になった時、一人、服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。中間記録には先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。

 ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。二年生になると、「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。三年生では「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りをする」後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、四年生になると「父親は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう」先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決めつけていた子が突然、深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。先生にとって目を開かれた瞬間であった。

 放課後、先生は少年に声をかけた。「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?分からないところは教えてあげるから」少年は初めて笑顔を見せた。それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。授業で少年が初めて手をあげた時、先生に大きな喜びがわき起こった。少年は自信を持ち始めていた。

 クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。あとで開けてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。「ああ、お母さんの匂い!きょうはすてきなクリスマスだ」

 六年生では先生は少年の担任ではなくなった。卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。「先生は僕のお母さんのようです。そして、いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」それから六年。またカードが届いた。「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」

 十年を経て、またカードがきた。そこには先生と出会えたことへの感謝と父親に叩かれた体験があるから患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、神様のように感じます。大人になり、医者になった僕にとって最高の先生は、五年生の時に担当してくださった先生です」そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。「母の席に座ってください」と一行、書き添えられていた。

 

 私は、この話にふれて涙が止まりませんでした。その先生がその生徒を立ち直らせたきっかけは、その生徒の歴史を紐解いたことにあります。私たちの職場にもこんな感動的物語がたくさんあるのではないでしょうか。その患者さんのあるがままの姿を肯定してあげることが第一。そこから奇跡が生まれます。その患者さんに興味を抱き、その方の歴史を知ることによって、本当の意味で患者さんに対する尊敬の念がわき、そこからその人らしさを尊重しようとか、心に寄り添っていこうという気持ちが私たちの心の中にふつふつとわきあがって来るのだと思います。この物語にあるように私たちは、その患者さんにとって「これまで出会った中で一番すばらしい人」になろうではありませんか。知識より実践が大切。皆さんが、患者さんとの人間的な関わり合いのなかで小さな成功体験を積まれ、使命感に満ちた豊かな人生を送られんことを願ってやみません。

平成24年5月24日

 

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