令和4年
終末期には、ご家族が集まり、手を握り、「お母さんありがとう」、「よくがんばったね」など、声をかけてあげる光景を目にします。臨終を告げた後、ご家族だけのお別れの時をとり、ご遺体の清拭をして、浴衣を着せてあげて、お迎えの寝台車を待ちます。その間、私は、亡くなった患者さんの思い出話をしたり、若かった頃の武勇伝を聞いたりして、悲しみの中にも、ほのぼのとした時間を、ご家族と一緒に過ごします。これが私にとって当たり前の臨終の風景でしたが、コロナ禍の今、全く違った様相を呈しています。
先日、肺がん末期で入院していた患者さんが亡くなられました。亡くなる8日前に、新型コロナウィルスに感染し、隔離されていました。ご家族は臨終に立ち会うことすらできず、感染防止対策を施したご遺体が、病棟から降りてくるのを、1階で待っていました。
エレベーターから出てきたご遺体は、ストレッチャーの上で真っ黒なビニール袋に入れられています。エレベーターの前で、葬儀社が用意したお棺に移され、お顔の部分だけチャックをおろし、蓋をします。この時まで、ご家族は、ご遺体のそばに近づくことはできません。
お棺の小窓を開けると、そこには透明のプラスチックが貼ってあり、その窓越しに、初めて対面することができました。火葬場に直接運ばれますので、この時が、かけがえのない貴重な対面の時間だったに違いありません。
当初の予定では、玄関先で、お棺に移されることになっていましたが、静かなエレベーターホールに場所を変更して良かったと思いました。
立ち会った病棟のスタッフは皆涙ぐんでいました。当たり前のことが、当たり前にできない今日、患者さんや、ご家族に対して、何かしてあげたいと思った瞬間でした。
先日コロナで隔離されたおばあちゃんにそっとアイスクリームを差し入れたのですが、そのお礼に俳句を作っていただきました。
コロナ病む院長そっと氷菓子
私が病んでいるようですが、お気持ちはありがたく、直しはありません。
令和4年9月24日