名誉院長の麻生だより
「もしも一年後、この世にいないとしたら」という本の中に、「人生100年時代と言われるように、人は長生きするようになった。それ自体はもちろん喜ばしいことではあるが、一方で弊害もある。それは人々が、日々を粗末にして生きるということである。「死」はいつか自分に訪れるということが頭ではわかっていても、自分の人生は10年20年30年とまだ続くと思うと、実感がわかない。そうすると、自分にとって『絶対にやりたいこと』があったとしても、『明日やればいいや』『そのうちやろう』『この仕事が一段落したらやろう』と先延ばしにしてしまう。それ故、27歳でこの世を去ったオーストラリア人女性の最後の『自分の人生がいつ終わりを迎えるのかは誰にもわからない。だからこそ、今生きている瞬間をかけがえのないものとして大切にしてほしい』というメッセージがFacebookで世界中に拡散されたのだ」と書いている。
私たちも、入院された患者さんから、このような「生きざま」を学ぶことができる。
ある患者さんは2ヶ月間腰痛で悩んでいたが、いろいろな病院で「年のせい」と言われ、最後にがんセンターで肺がんの骨転移と診断された。
その患者さんは、「もっと早く正確に診断してもらっていたら、こんなに苦しまなくて済んだはず」と、過去を悔やんでいた。また、「肺がんの最後は痛いのでしょう。呼吸ができなくなって苦しいのでしょう」と将来のことを悲観していた。
禅に「前後際断」という言葉がある。前とは過去のこと。後とは未来のこと。過去と未来の際(きわ)を、現在から切り離せという意味である。すなはち、過去を悔やんでも、未来のことを憂えても何も生まれてこない。過去と未来を現在から切り離し、今をしっかり生きることが肝要であると説いているのだ。
その患者さんが入院してきた時、「前後際断」の話と、坂村真民先生の話をした。患者さんは納得して「今を生きる」ことを約束してくれた。
四国がんセンターから転院してきた時は、もうろうとしていたが、モルヒネパッチに切り替え、デカドロンを内服し、骨転移に対してがんセンターで受けた放射線治療の効果が出はじめて、元気を取り戻した。食欲旺盛となり、好きなものを食べている時、「お腹は満足しているけれど、心は満たされてないの」と言われ、坂村真民先生の本をプレゼントした。何回も繰り返して、その本を読み、真民先生の詩から学んだことを、私に話してくれる。
坂村真民先生もまた「今」という詩の中で「大切なのは、かつてでもなく、これからでもない。一呼吸一呼吸の今である」と言っているのだ。
インド独立運動の父として知られるマハトマ・ガンジーは、「Life as if you were to die tomorrow. 明日死ぬかのように生きよ。Learn as if you were to live forever. 永遠に生きるかのように学べ」と言った。これを、そのまま実行しているのが、この患者さんである。この立派な生きざまから私たちが学ぶことは多い。
令和元年11月24日