名誉院長の麻生だより
毎日病院に来て奥様の介護をされている方がいます。その方に、「なぜそこまで奥さんに尽くされるのですか」と聞きました。
その方は目を潤ませて、「私は妻に感謝しているのです。私が単身赴任で大阪や東京、北海道に赴任している時、妻は何の不平も不満も口にせず、一生懸命に私の父母の面倒を見てくれました。私はその恩を妻に感じているのです。こうして毎日、手と足をマッサージしているのは、その恩返しなのです」と言われました。私は思わずもらい泣きしてしまいました。
ご主人はグローバルな会社に勤務され、北海道では子会社の社長までされていたのですが、奥さんの大病とともに、会社を辞めて地元に帰り、奥さんに付き添っておられます。
恩返しで行う介護には、相当なエネルギーが込められていることを、改めて感じました。
一方でこんな話を聞いたこともあります。お母さんの介護に疲れ果てた娘さんがしみじみと私に語ってくれました。
お母さんは、同じことを何回も娘さんに聞いてきたそうです。「これなあに」と聞かれると、そのたびに「これはおみかんよ」と答えていましたが、何回も同じことを聞くので娘さんは疲れ果て、答えるのを止めたそうです。
ベッドに寝かせると「起こして、起こして」と叫び、椅子に座らせると「抱っこして、抱っこして」と同じことを何回も言います。そのたびに娘さんは、起こしたり抱っこしたりするのですが、日頃の介護疲れもあって、だんだんお母さんの言うことを無視するようになりました。
お母さんは座らせてもらうことも無くなり、本当の寝たきりになってしまいました。そして数ヶ月後、肺炎のために亡くなりました。
遺品を整理する中で、娘さんはお母さんの日記を見つけました。自分のことが書いてありました。「3歳になったばかりのA子が今日私に『これなあに』と聞いてきた。『これはおみかんよ』と答えた。何度も何度も同じことを聞いてきた。私はそんなA子が愛おしくなって、ぎゅーっと抱きしめた」
こんな愛情いっぱいに育ててくれたお母さんに、自分は何の恩返しもできなかったと、娘さんは涙を流しておられました。
平成30年1月24日