名誉院長の麻生だより
決して下着を放り投げておけという言葉ではありません。
何人かが集まって話をしていると「もしかして、自分の悪口を言っているのではないだろうか」と気になったりすることは、誰にでもあることです。自分がそこに近づくと話をやめ、集まっていた人たちが解散すると、なおさら気になります。自分の悪口を言っていたに違いないと間違った考えを抱くようにもなります。
ほとんど思い込みなのですが、いったんこれに囚われると悪循環に陥ります。思い込みが思い込みを生み、「また私の悪口を言っている」とずっと考えてしまうようになり、夜も眠れず、心の中が、いっぱい、いっぱいになってしまうことさえあります。
しかし、自分が思い込んでいるほど、他の人たちが自分のことを話題にすることは絶対にありません。自分の心を追いつめてしまうのは、自分の囚われた心なのです。
ここに水面が鏡のように平らかで静かな池があります。小さな石が投げ入れられると波紋が生じます。この波紋をおさめるためにはどうすればいいでしょうか。
棒を入れて、おさめようとしても、今以上に水面は乱れて波紋が波紋をよび、あの鏡のようだった水面は千々に乱れることになります。最初の小さな波紋は放っとけばよかったのです。時間がたてば、自然におさまるものを、余計なことをしたために乱れが乱れをよぶ結果となってしまったのです。心の中も同じです。
禅語に「放下着(ほうげじゃく)」という言葉があります。思い込みやこだわりなどは放っておけ、そのうちおさまる、という意味です。心の中にできた小さな波紋は放っておく、忘れ去るに限ります。
さあ、今日から、思い込み、わだかまり、こだわりなどは捨て去って、余計な思いは入れず、鏡のように平らかな心で生きましょう。
職場で群れることなく、仕事をこなしていく人は、同僚からは「仕事のできる人」と見られ、上司からの信頼も厚いということを忘れないでください。
平成29年3月24日