名誉院長の麻生だより
吉田茂は優れた政治感覚と強いリーダーシップで戦後の混乱期にあった日本を盛り立て、戦後日本の礎を築いた総理大臣です。麻生太郎副総理のおじいさんにあたります。
「吉田茂の遺言」という本の中に、吉田茂が若いころ、修養の必要性を感じて禅に凝ったということが書いてありました。政治家の心の中には、私たちと同じ、心配や不安、迷い、苦しみ、妬み、後悔、さらに欲や虚栄心、思い込みなどが渦巻いています。これらの思いから心を解き放とうとする時に「禅」に助けを求める人はたくさんいます。吉田茂もその一人でした。禅語には、「とらわれない心」を養うヒントがたくさん込められているのです。
吉田茂の心に残っている禅の言葉が、「人竹一如」。「人と竹とは一つの如し」という言葉だそうです。「ただ一筋に竹を描け。みずから一本の竹と化し、その竹を描け。しかも描く時には、竹のことは一切忘れてしまえ」という趣旨だったといいます。
吉田茂は四六時中、国家のことばかり考えていました。ただ一筋に国家を思い、国家を案じ、国家を憂えていました。ついには吉田茂は国家に没入し、国家と吉田茂は完全に同化したのです。それゆえ、国民は無言の信頼を吉田茂に託したといわれています。
私たちが日頃接するのは認知症の患者さんたちです。患者さんに同情するのではなく、距離を置いて患者さんを理解しようとするのではなく、患者さんに共感することが認知症ケアの基本になっていることは、みなさんもご存じの通りです。
「人竹一如」とは「ただ一筋に患者さんのことを思い、自分の身を患者さんの立場に置き、患者さんのことを慮る。その時、自分は介護する側で、相手は介護される側の患者さんという隔たりを忘れてしまえ。ただひたすら共感せよ」
吉田茂の遺言は、認知症ケアの現場では、このように解釈できるのではないでしょうか。
平成29年1月24日