名誉院長の麻生だより
教え子が病院を去る時ほど寂しいことはありません。准看護師の講義とはいえ、一生懸命に予習し、看護師国家試験の問題にも正解できる講義を行い、人間の生き方についても話してきました。
人間は誰でも、いろいろな出来事が重なって、心の中がいっぱい、いっぱいになることがあります。不安や恐れが心の中で渦を巻き、まるで渦潮の中に、小さな手漕ぎボートで迷い込んだような状態になります。そんな時は、自分を高い所から眺めてみましょう。
鳴門の渦は海抜45mの橋の上から見学できるようになっています。小さなものから、最大30mもある渦潮が何個も見られます。高い所から見れば、自分の巻き込まれた渦が小さなものなのか、どうなのか、どちらの方向に舵をとれば、脱出できるかもわかるはずです。高い所から下界を見ることを俯瞰(ふかん)すると言います。何かが自分の身に生じた時、自分を突き放して、俯瞰してみてはどうでしょうか。自分が何を恐れ、何を心配しているのかを考えてみてください。悩んでも何も変わらないことに気がつくはずです。
禅に「前後際断」という言葉があります。「前」とは過去のこと、「後」とは未来のことです。過去の出来事を後悔したり、起こってもいない未来のことを心配したりすると、今に集中できない、今に力を注げないという戒めの言葉です。過去と未来の際(きわ)すなはち、境界を断ち切って今に力を注ぐべき、という教えなのです。
現代社会において成功している人すべては、今為すべき事に力を注ぎ、集中した人です。はじめから遠大な夢や希望をもって、計画通りに事を運んだ人は、ほんの一部でしょう。世の中は目まぐるしく変わります。多くの成功者は、変わりゆく今に力を注いだ人です。
ドイツの文豪ゲーテも同じようなことを言っています。「済んだことをくよくよせぬこと。滅多なことに腹を立てぬこと。いつも現在を楽しむこと。とりわけ人を憎まぬこと。未来を神にまかせること」古今東西を越えて、人生の達人の言葉には共通点があります。
今、目の前にいる人を喜ばせることを経験しなければ、自分の殻を破ることはできません。これを体験してから砥部病院を卒業してもらいたいものです。ご安心ください。再入学はいつでも受け付けます。
平成28年4月24日